福岡高等裁判所 昭和41年(う)829号 判決
判決理由〔抄録〕
職権で調査すると、原審および当審において取り調べた証拠によれば、当日被告人は車幅約二、四八米の乗合自動車を運転し、大分県下毛郡本耶馬溪町大字西谷字竹の元四一八九番地渡辺勝方北側を東西に走る幅員約三、九米の県道の下竹の元バス停留所に東向に停車させ、数名の乗客を降車させ、左右のバックミラーによって左右側後方の安全を確認し、人影がなかったので、終点である次の停留所に向って発車したところ、降車した乗客の一人で当時三歳の女児である被害者が、左側降車口から自動車の後方を廻って、自動車右側道路右端との間の極めて狭くかつ凹凸の多い自動車の右側を歩むうち過って車体の下のバックミラーによって見えないところに転び込んだのに気付かず、被害者の頭部を自動車の後車輪で轢過して死亡させたことを認めることができる。そして、本件公訴事実のように、発車時被害者が自動車右側の後車輪前部辺りの狭い道路上を車体に接して歩いていたとか、被告人において下車した被害者が自動車の前後を廻って運転台右側の小橋を渡り自宅に帰宅することを知悉していたとかの事実を認めるに足る証拠はない。
ところで、原判決は、本件現場は、道路幅員約三、八米に過ぎず、しかも非舗装の田舎道であって、降車客ことに幼児は自動車の発車後でなければ自動車の周辺を安全に歩行し難い程、狭くかつ足許が悪く転び易い所であるから、自動車運転者たるものは、発車の際はもちろん、発車前といえども、運転席の右斜前部備付のバックミラーによって車掌の目に届かぬ右側後方に絶えず注意して、降車客ことに思慮浅き幼児等が不用意に自動車の右側に近着きまたは接触して発車の際危険を生ずることなきよう留意すべき業務上の注意義務があるとしている。しかしながら、本件現場の状況が右のとおりであるにしても、発車前に前方および左右側後方に自動車に近着きまたは接触している者がないかを確めて発車し安全を計る注意義務はあっても、特別の事情のない限り、自動車の停車中常に左右側後方に注意して、自動車の車体の下に転び込む幼児等がないかを注意する義務まではないものと解するのが相当であり、本件において右特別の事情は認められない。
したがって、被告人には業務上の注意義務違反はないので、これありとした原判決は法令の解釈適用を誤ったもので、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。